熊本大地震に関する報道が毎日テレビに流れています。
疲労の限界に達している被災者の皆様には、ただ「頑張れ!」と応援をされても何から始めたらよいかわからないと思います。
復興には時間がかかります。その間、心身にムチを打って頑張るのではなく、いつも通りに過ごすよう心がけてください。衣食住が不足しているときこそ、「普段通り」の生活が一番大切なのです。
私どもは、医療の立場から皆さんの身を守るための情報を発信することで、皆さんに普段通りの生活を提供できればと願っています。
さて、マスコミの報道によると、エコノミークラス症候群で亡くなられた方が、熊本県内だけで11名(平成28年4月21日現在)おられるそうです。衣食住すべてを失われた方々にとっては、常にエコノミークラス症候群の危険の隣り合わせにいます。
報道機関では合い言葉のように、エコノミークラス症候群の予防法が連呼されています。
「車中泊を続けると、エコノミークラス症候群になる。」
「こまめに歩いたり、足の運動やマッサージをしましょう。」
「水分を多くとるようにしましょう。」
「足を圧迫するソックス(弾性ストッキング)をはきましょう。」
新聞やテレビの報道を聞いていると、これらに集約されています。
これらすべての条件を満たすことは、制約が多い避難所生活の中では難しいでしょう。
そこで、こんなことを考える方も多くいらっしゃると思います。
「車中泊は仕方ないから、せめて水分だけ多めにとればいいよね。」
「今日は午前中によく歩いたから、午後は車に中でゆっくりすごそう。」
「足のマッサージがいいらしいから、家族にふくらはぎを踏んで揉んでもらおう。」
もし、これをそのまま行えば、
あなたはエコノミークラス症候群になるかもしれません。
エコノミークラス症候群はよく耳にする言葉ですが、その本当の意味については新聞記事を見ても十分に伝えられていないと思います。つまり、原則的なことが少なく、表面的なことしか伝えていないのです。
今回は、エコノミークラス症候群の本当の意味をお伝えしましょう。
1.エコノミークラス症候群は病名ではない。
エコノミークラス症候群の本当の病名は「静脈血栓塞栓症(じょうみゃくけっせんそくせんしょう)」といいます。この病気は、ふたつの病気が連動して起こる病気なのです。
エコノミークラス症候群は最初に報告された患者がエコノミークラスの搭乗者が多かっただけの話で、ビジネスクラスの患者もいたそうです。その後、鉄道や船舶の旅行者でも発症することがわかり始めてから、旅行者血栓症と呼ぶようになりました。でも、エコノミークラス症候群の方がインパクトが強いため、そのまま使われているのが現実です。
(1) 静脈血栓塞栓症はふたつの病気からなっています。
静脈血栓塞栓症はひとつ病気ではありません。2段階に分かれて進行していきます。
a.深部静脈血栓症
下肢(とくにふくらはぎ)の静脈に血栓(血の塊)ができて、足から心臓へ戻る血流を塞いでしまう。症状は足のむくみ、痛み、紫がかった足の皮膚の色などがあります。
b.肺動脈血栓塞栓症
下肢静脈にできた血栓が血流に乗って、心臓を通り抜けて肺の血管(肺動脈)に流れていき、肺の血流を塞いでしまう。症状は息苦しさ、胸の不快感、意識消失があり、最悪突然死にいたります。
エコノミークラス症候群で死亡された方は、重篤な肺動脈血栓塞栓症を起こしたに違いありません。亡くなられた方はまだ11名かもしれません。しかし、その予備軍に当たる深部静脈血栓症は軽症を含めれば、避難所や車中泊をされている方の中に大勢いるはずです。
(2) 深部静脈血栓症はすでに始まっているかもしれません。
深部静脈血栓症の代表的な症状はむくみと痛みですが、その段階ではすでに中等度から重症になっていることが多いです。これを見つけるためには、避難所などを巡回している医療チームに検査をしてもらうしかありません。
この検査はエコー検査といって、ゼリーを塗るだけで済む痛くない検査です。すぐに診断ができる優れた検査ですから、安心して是非受けてください。
2.静脈血栓ができる3大要因
さて、血栓の本丸へと話を進めます。
血管の中で 血栓ができる原因には、「ウィルヒョウの3原則」と呼ばれる有名な3つの異常な状態があります。
①血液が固まりやすい状態になっていた。
②血液がよどんで流れにくい状態であった。
③血管(静脈)に何らかの傷害が加わった。
19世紀の後半に提唱された理論ですが、現在でも十分通用するものです。
この3つのどれが起こっても、静脈血栓はできやすくなります。
(1)血液が固まりやすい状態
皆さんご存じの血液の「ドロドロ状態」です。
本来血液は血管の外に出ると固まる性質があります。皆さんが怪我をしても、しばらくして血が止まるのは、この血液凝固(けつえきぎょうこ)が起こるからなのです。
血液には凝固を起こすためのタンパク質や血小板と呼ばれる細胞が含まれています。これらは複雑な経路でお互いに連鎖反応を起こして、液状の血液をゼリー状の血栓へと変貌させます。
これらが正常に機能するためには、血液の中でそれぞれが一定濃度に保たれていることが大事なのです。ところが、血液の中の水分が減ってくると、これらの濃度は許容範囲を超えてきます。そのため、血液がドロドロ状態になり、血栓を作るスイッチが入ってしまうのです。
夏場は水分をとらないと、脳血栓を起こしやすくなるという話を聞いたことがある方は多いと思います。夏場は暑くて体から水分が水蒸気として抜けていきます。これが高じると、脱水になります。
被災者の方は、物資供給の不足から十分な水分がとれません。また、トイレの設置が少ないため、少なめに水分を補給する方が多いはずです。これでは、脱水症状の予備軍になってしまいます。水分はこまめにとる必要があります。
対策は?
a.特に持病のない一般の方の水分量
1日でとる水分量は、普通食を3食食べた場合に水分量は約1500 cc、それ以外に飲む水やお茶・コーヒー・清涼飲料は1000~1500 ccくらいでしょう。だいたい1日で2.5~3.0 リットルが必要になります。
もし、避難所で食事が十分配給されない場合は、それを補う水分が必要になります。
おにぎり2個とバナナ1本が1日の配給としたら、2.5リットルくらいの水分をとらなければなりません。
b.持病のある方の水分量
これは、患者さんごとに事情が異なるため、ひと言では難しいと思います。
心臓病の方は、主治医から利尿剤をもらっている方がいるでしょう。体の状態にもよりますが、水分補給ができない場合は、少し控えめに飲んだ方がよい場合もあります。
また、一般の方のように水分を飲むと、心不全になることもあります。
飲み方は必ず、かかりつけの先生と連絡を取ってから、アドバイスを受けてください。
糖尿病、腎臓病、肝臓病のある方も、薬の飲み合わせや病気の重症度により、勝手な薬の中断や水分の調節は危険です。これも、かかりつけの先生のアドバイスが必要です。
もともと血栓ができないように抗凝固薬(ワーファリンなど)や抗血小板剤を飲んでいる方は、血栓ができにくいと思います。ただ、これらは飲み薬ですので、主に腸から吸収されるわけです。もし、脱水状態が続くと腸の血流が低下して、薬の吸収力が低下します。これでは、せっかく飲んでも、血栓は起こってしまいます。
これも、かかりつけの先生のアドバイスを受けた方が安全です。
最も大事なのが、自己判断は絶対にしないことです。
(2)血液がよどんでいる状態
これは下肢で最も起こりやすい状態で、血流の「ダラダラ状態」といえます。
a. 下肢の静脈血圧は体中で最も高い。
静脈の流れは、心臓の高さを起点として考えます。そして、手や足など下に行くに従って、血液による静水圧は高くなります。とくに、皆さんが立っている状態では、くるぶしあたりは病院で測る腕の血圧にたとえると60くらいになります。
静脈血圧は動脈血圧(だいたい120/80くらい)よりかなり低いと思われていますが、場所によりかなり違います。
この静脈血圧が高いときは、心臓に血液が戻っていない状態になっているときです。つまり、血液がよどんでいる証拠なのです。
b. 足を心臓よりも高くすることが重要です。
足の静脈血圧は心臓とくるぶしの高さの差で決まります。つまり、足を心臓よりも高くすれば、足の静脈圧はマイナスになり血液は心臓へ流れていきます。
血液の渋滞を示す静脈圧を下げることは、血液のよどみを解消して血栓を作りにくくなるわけです。
また、膝下を外部から圧迫することで、余分な血液がたまるスペースがなくなります。そのため、血液の渋滞は起こしにくくなります。これが、弾性ストッキングの効果なのです。
この足を圧着する弾性ストッキングを履くと、血管がつぶされて足の血流が悪くなると思われがちです。
もちろん、サイズの合わないストッキングや皺をよらせて履くなど不適切な着用をすれば、足の血流障害は起こします。しかし、足のサイズに合ったものを正しく履けば、むしろ静脈血流が良くなるデータが出ています。
c. 血液のよどみは水分の取り過ぎでも起こります。
足の血液のよどみは全身の血液量が増加しても起こります。
なぜなら、足の静脈の血液輸送可能な血液量には限界があるため、それを超える血液の積み残しが増えてくるからです。
血液のドロドロ状態を解消するには水分をとることをお勧めしました。しかし、過剰な水分をとると、血液量が増えすぎてしまい、逆に足の血液のよどみを悪化させます。水分の取り過ぎはかえって危険です。
適切な水分量をとることが重要なのです。
d. 心臓や腎臓に病気がある方は医師のアドバイスが必要です。
全身の血液量の増加は、心臓病、腎臓病、肝臓病、ホルモン異常でも起こってきます。
これらの持病がある方は、常日頃から主治医から食生活のアドバイスを受けていると思いますので、それをしっかり守るよう努力してください。
そして、体調がおかしければ、避難所を巡回している医療チームに相談してください。ひとりで悩んでいるのは危険ですよ。
(3)血管に傷害が加わった状態
この危険性はあまり報道されていません。今回のような天災では、外傷はいつ起こるかわかりません。
外傷は表面で大きな傷や痛みがなければ、そのまま経過観察になってしまいます。
- がれきに閉じ込められて救出された
- 倒木に足を挟まれた
- 地盤のゆるんだところで滑落した
- 急いで車に乗ったときにドアにふくらはぎを挟んだ
これらの被災地では、起こりうる外傷により足の静脈が打撲されて血管に傷害が起きているかもしれないのです。
足を打撲してからむくみ始めたり、赤く腫れてくる場合は血栓ができている可能性があります。
これもすぐに医療チームへ相談してください。
(つづく)